オキソ酸のPualingの規則とは、Linus Paulingがオキソ酸のpKa値の傾向に対して提唱した経験則のことを指します。これは完全な経験則ですが、多くのオキソ酸のpKaがこの法則で示されている傾向に従います。
つまり、Paulingの規則を覚えておくと、オキソ酸のpKaがだいたいどれぐらいであるかを見当づけることができます。
オキソ酸のPaulingの規則は2つの規則から構成されています。以下のような規則です。
オキソ酸のPaulingの規則
- 規則1:EOp(OH)qで表されるオキソ酸ではpKa≈8−5pとなる(※≈は「だいたい」という意味です)
- 規則2:多塩基酸(q>1の酸)のpKa値は、プロトン解離が1回おこるごとに、5ずつ増加する(つまり、Kaが5オーダーずつ変わります。)
規則1について
まず、規則1が示すことろを書きます。
例えば、塩基のオキソ酸は4種類あり、それぞれ、以下のようなpKaを持っています。
塩素のオキソ酸の物質名化学式実際のpKaの値次亜塩素酸HClO7.2亜塩素酸HClO22.0塩素酸HClO3−1.0過塩素酸HClO4−10
この表からわかるように、塩素のオキソ酸はオキソ基(=O基)の数(pの値)がおおければ多いほど酸の強さが大きくなります。
次に、このpKaの値がPaulingの規則に従っているかどうか確かめます。
化学式化学式をEOp(OH)qの形で書き換えPaulingの規則から予想されるpKa実際のpKaHClOClO0(OH)1(p=0,q=1)87.2HClO2ClO1(OH)1(p=1,q=1)32.0HClO3ClO2(OH)1(p=2,q=1)−2−1.0HClO4ClO3(OH)1(p=3,q=1)−7−10
超酸(超強酸の意)である過塩素酸以外はだいたい1オーダー以内の誤差に収まっています。そのため、塩素に関しては、過塩素酸以外はだいたいpaulingの傾向に従っていることがわかりました。
規則2について
規則2は、規則1よりもわかりやすい規則です。多塩基酸では、一つプロトンが放出されると、共役塩基が負電荷をもつので、さらなるプロトンが抑制されます。それが、一つプロトンが解離するたびに、つぎのプロトン放出が100000分の1程度になってしまうというのが、Paulingの規則2が示すところです。
規則1がなぜ成立するかの定性的な説明
Paulingの規則1は以下の2つの要素で定性的な説明ができます。
①酸素原子の電子求引性
酸素原子は電気陰性度が低く、電子を引き寄せて、各O-H結合を弱くします。よって、オキソ基(=O)の数が多くなるほどプロトンの放出が容易になるので、酸性度が増大します。
上記で確認した塩素のオキソ酸に限らず、一般的にはすべてのオキソ酸はオキソ基の数が最大であれば最も強い酸となります。
②共役塩基の共鳴安定化
Paulingの規則1において、EOp(OH)qにおいて、qの数が多くなればなるほど、共役塩基の共鳴が多く書けます。そのため、共役塩基の安定性が増大します。そのため、オキソ基(=O)の数の増大に伴い、オキソ酸の酸の強さは増大します。
具体例を挙げます。
例えば、HClO4、H2SO4、H3PO4、H4SiO4の4つのオキソ酸の酸の強さはどうなるでしょうか。
これらはPaulingの規則1より、簡単に、酸の強さの順番はHClO4>H2SO4>H3PO4>H4SiO4となることがわかります。
これの定性的な説明は、共役塩基の共鳴の数により説明できます。以下を参照してください。たしかに、qの数(つまり、-OHのOではなく、=OのOの数)が多いほど、共役塩基の共鳴が多くかけることがわかります。
Paulingの規則に当てはまらない例外(Paulingの規則の応用)
Paulingの規則は近似であるので、もちろん例外も存在します。Paulingの規則では、オキソ酸は水溶液中でEOp(OH)qという形で存在しており、構造変化はしないという前提での近似です。つまり、おおよそのオキソ酸はEOp(OH)qという構造で安定しているということになります。そのため、このPaulingの近似に従わないオキソ酸があった場合、EOp(OH)qでは安定に存在しない、あるいは、他の構造をとっていると予想することができます。これがPailingの規則の応用になります。
Paulingの規則の例外① : 炭酸H2CO3
炭酸はCO(OH)2とかけ、Paulingの規則から、pKa1=3だと予想されます。しかし、実際には、炭酸のpKa1はpKa1=6.4と何千分の1ほどひくい酸性度です。これはなぜでしょうか?
先程申し上げたとおり、これはつまり、溶液中で炭酸はEOp(OH)qの構造を安定してとらないことを示しています。
具体的には、炭酸は水溶液中で以下の平衡が成り立っているのです。
CO2(aq)+H2O(l)→←水溶液中では約99%がCO2の形で存在CO(OH)2(aq)(※H2CO3)
つまり、CO2は「水にとけてもCO2」のままなのです。
言い換えると、酸の実際の濃度は溶けているCO2の濃度よりも遥かにすくないということになります。これが、Paulingの規則から外れてしまう原因になります。
この影響も考慮すると、炭酸の真のpKa1はpKa1=3.6となり、Paulingの規則にきちんと従うようになります。
Paulingの規則の例外② : 亜硫酸H2SO3
次は、炭酸の場合の逆で、予想よりもpKa1の値が小さくなるというものです(pKa1=1.8)。SO2も二酸化炭素と同様に、水溶液中では、ほとんどEOp(OH)qの構造をとっていません。そのかわり、他にHSO−3,S2O2−5といった形でイオンが検出されており、複雑な平衡を形成しているといわれています。
Paulingの規則の例外③:ホスホン酸H3PO3
ホスホン酸はPaulingの規則で予想される酸解離定数よりも遥かに小さい酸解離定数を持ちます。ホスホン酸の再解離定数をPaulingの規則で予想すると、pKa1=8となりますが、実際はpKa1=2.0で遥かに小さい酸解離定数を持ちます。これも他の例外同様、EOp(OH)qの形をとっていません。ホスホン酸はHPO(OH)2の構造を取ります。そのため、実際のq、つまり基の数を1とすると、pKa1=8−5×1=3となり、実測値に近くなります。
Paulingの規則を用いて、リン酸の第一、第二、第三解離定数を予想せよ。
[解答]
リン酸H3PO4はPO(OH)3とかけるので、Paulingの規則1に従うと、
pKa1=8−5×1=3
また、規則2に従うと、多塩基酸の場合、プロトンが解離するごとに、5単位ずつpKaが増大するので、
pKa2=3+5=8,pKa3=8+5=13となる。
よって、
第一酸解離定数はpKa1=3
第ニ酸解離定数はpKa2=8
第三酸解離定数はpKa3=13
となることが予想される。
例題2
(1)オキソ酸 HnEOmの一段階目の酸性度定数pKa1と二段階目の酸性度定数pKa2はどのような式で表されるか答えよ。
(2)H3AsO3のpKa=9.4でH3PO3のpKa=2.0である。それぞれの場合についてPaulingの規則に従っているか理由とともに答えよ。
(1)
pKa1=8−5(m−n),pKa2=13−5(m−n)
(2)
H3AsO3の予測:pKa=8−5×0=8となり、Paulingの規則に従っている。
H3PO3の予測:pKa=8−5×0=8となり、Paulingの規則に従っていない。
これは、このホスホン酸H3PO3はEOm(OH)nの構造をとっていないからである。ホスホン酸は実際にO=PH(OH)2の構造をとっているので、オキソ基の数を1とすると、8−5×1=3となり、実測値に近くなる。
例題3
物質pKa硝酸(HNOa)−1.4オルトテルル酸(H6TeOb)7.7オルト過ヨウ素酸(H5IOc)1.6
pKaのデータより、a~cに当てはまる数を予想せよ。
解答
Paulingの規則より硝酸のオキソ基(=O)は2個、オルトテルル酸は0個、オルト過ヨウ素酸は1個なので、構造は硝酸NO2(OH)1、オルトテルル酸はTeO0(OH)6,オルト過ヨウ素酸IO1(OH)5となる。よって、
a=3,b=6,c=6
となります。
参考)
シュライバー・アトキンス 無機化学 上 第6版 p149
中沢 浩「無機化学演習」 p74