分子力学法

分子は原子核と電子からなる粒子集団である。分子力学分子を構成する粒子の内、原子核のみに注目して、その挙動を調べる力学である。
電子を粒子として取り上げない分子力学の立場は、電子の運動と原子核の運動とを分離しうるとする$Born-Oppenheimer$の近似に基づく。この近似によれば電子は量子力学の原理に従って原子核の周辺に統計手的に分布し、原子核の運動を規制する力の場の一部を提供する。この力に原子核自身の電荷どうしの静電反発力を加えたものが原子核に働く力の総和である。原子核は質点とみなされる。すなわち、分子力学は質点系の力学であって、原子核の内部構造には立ち入らない。原子核が広がりを持たないのに対し、原子は原子核とその周囲の電子からなる広がりを持った実体である。原子という概念は分子の中では定義が困難になるが、慣習的によく用いられている。

運動の主体である質点を指す用語として、原子核または核を用い、原子核とその周囲の電子を併せた物理的な対象を指す用語として原子を用いることとする。前者の例は原子核座標、核間距離など、後者の例は、非結合原子間相互作用、原子電荷などである。
定常電子状態のエネルギー固有値は、原子核座標の関数である。原子核に働く力はこの関数の勾配に逆に符号をつけたベクトルとして明確に定義される。この力は保存力であって、原子核の相対位置にのみによって一義的にきまり、個々の核の運動の経路や速度には関係しない。すなわち、定常電子状態のエネルギー固有値は原子核の運動を支配する位置エネルギー(ポテンシャルエネルギー)の役割をする。

原子核の相対位置を記述する適切な変数を選んで、位置エネルギーをそれらの関数として表す時、この関数をポテンシャルエネルギー関数または単にポテンシャル関数と呼ぶ。また、運動する原子核に対してポテンシャル関数が作りだす力場を分子力場という。分子力学計算で同時に取り扱われる原子核は、すべてが1個の分子に所属していても良く、複数個の分子にまたがっていても良い。

一度孤立分子または分子集団のポテンシャル関数が与えられると、これに古典力学または量子力学の運動方程式を適用したり、あるいは単に自分自身を$Taylor$展開することにより、多くの物理量を導き出すことができる。

それらの例は、熱力学関数、安定構造、分光学定数、などである。

上記の物理量はすべてポテンシャル関数の数学的処理により求められ、計算式を解析的に書きあわ表すことができる。分子力学ではこのような物理量を計算の対象とする。解析的な計算式を導くことが不可能な場合の解決策として、ポテンシャル関数の造る力場中に置かれた系を一定時間シミュレートして、物理量の時系列をもとめ、その平均値を取る方法が開発された。この方法は「分子動力学」と呼ばれ、分子力学とは別個に大きな体系を形成している。

以下に分子力学の分野で用いられる計算プログラムの例を2つ上げる。

MM2

MM2(Molecular Mechanics 2)はAllingerらが初期の力場MM1の開発経験に基づいて、1977年に発表した力場である。平衡構造、生成熱、配座異性体間のエンタルピー差と障壁の高さの精度の高い計算を目的とするが、基準振動数は対象としていない。静電エネルギーの評価に結合双極子どうしの双極子-双極子相互作用エネルギー式(以下の式)
$$V_c(\boldsymbol{R}_{ab})=\f 1 ε \s{\f{μ_a・μ_b}{|\boldsymbol{R}_{ab}|^3}-\f{3(μ_a・\boldsymbol{R}_{ab})(μ_b・\boldsymbol{R}_{ab})}{|\boldsymbol{R}_{ab}|^5}}\\
μ_aおよびμ_bは結合双極子モーメント\\
εは溶質の見かけの誘電率\\
\boldsymbol{R}_{ab}はμ_aからμ_bへ向かうベクトル $$を用いる点が他の多くの力場とは異なる。

MM3

基底振動数を計算対象としないMM2力場では自由エネルギーを計算することができない。この不便を解消するために、Allingerらは基準振動数を$±30[\rm cm^{-1}](±0.36kJ \ mol^{-1})$の精度で再現するようにMM2力場を再構築し、1989年に発表された計算プログラムがMM3である。MM2力場では課題に見積もられていた非結合性H…H間反発ポテンシャルを現象させ、併せて、C…C間ポテンシャルパラメータも調節した。単結合の周りの配座が重なり型になった時の結合の伸びを正しく再現させるため、ねじれポテンシャルの係数に一次の結合距離依存性を導入している。

参考文献)
大澤映二 著 「分子力学法」 町田勝之輔 編 講談社サイエンティフィク 1994 p.1 p.25 p.26

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