項の記号

項の記号は
$S$を全スピン方位量子数
$L$を全軌道方位量子数
$J$を全方位量子数としたときに

$$^{2S+1}L_{J} $$で表されるものです。

ただ、$L$は数字で表されません。以下のような対応関係になります。

Lの値によって決まるアルファベット

$L=0$ ➡ $S$

$L=1$ ➡ $P$

$L=2$ ➡ $D$

$L=3$ ➡ $F$

$L=4$ ➡ $G$

$L=5$ ➡ $H$

・・

これをみてわかるように、いつも使っている~軌道($s$軌道$p$軌道・・)の$s,p$・・を大文字に変えたものです。(ただし、$L=4$以降はアルファベット順)

例題1
項の記号$\rm ^2S,^3D,^4F$に対する$J$の値を求めよ。

解答
$\rm ^2S$は$L=0$,$S=\f12$である。よって、$J=\f12$

$\rm ^3D$は$L=2,S=1$であるから、$J=3,2,1$

$\rm ^4F$は$L=3,S=\f32$であるから、$J=\f92,\f72,\f52,\f32$

参考)
マッカーリ・サイモン 物理化学 上 p327

例題2
$\rm ①Cr^{3+},②Fe^{2+},③Fe^{3+}$の自由イオンの基底状態の項記号を答えよ。

解答
項の記号は$^{2S+1}L_J$で表す。ここで、Sは全スピン角運動量、Lは全軌道角運動量、で、基底状態の電子配置は次のHuntの規則に従います。
①Sが最大になるもの②Sが同じならLが最大になるもの。③電子殻兄の電子数が半分以下なら$J=|L-S|$の状態、半分以上なら$J=|L+S|$の状態
項の記号は完全に満たされていない副殻だけ考えればよい。また、電子吸収スペクトルと関連して項($L,S$のみ表示)が用いられる場合には、スペクトル項と呼ぶ場合がある。


$\rm Cr^{3+}$において、満たされていない副殻は$3d^3$のみである。よって、$3d^3$のみを考える。最大の$S$となるから、$S=\f32$磁気量子数$m$について、
\begin{array}{cc}
  m =&2&1&0&-1&-2  \\ 
   &  ↑&↑&↑&&\\
\end{array}
と$L$が最大になるように配置すると、$L=2+1+0=3$なので、記号は$F$。$3d$殻は半充填以下であるから、$J=|3-\f32|=\f32$したがって、$\rm ^4F_{3/2}$となる。


$\rm Fe^{2+}$において、満たされていない副殻は$3d^6$のみである。よって、$3d^6$のみを考える。最大の$S$となるから、$S=2$磁気量子数$m$について、
\begin{array}{cc}
  m =&2&1&0&-1&-2  \\ 
   &  ↑&↑&↑&↑&↑↓\\
\end{array}
と$L$が最大になるように配置すると、$L=2+1+0-1=2$なので、記号は$\rm D$。$3d$殻は半充填以上であるから、$J=|2+2|=4$したがって、$\rm ^5D_{4}$となる。


$\rm Fe^{3+}$において、満たされていない副殻は$3d^5$のみである。よって、$3d^5$のみを考える。最大の$S$となるから、$S=\f52$磁気量子数$m$について、
\begin{array}{cc}
  m =&2&1&0&-1&-2  \\ 
   &  ↑&↑&↑&↑&↑\\
\end{array}
と$L$が最大になるように配置すると、$L=2+1+0-1-2=0$なので、記号は$S$。$3d$殻は半充填以下(※$L=0$なので以下でも以上でもどちらでもよい)であるから、$J=|0-\f52|=\f52$したがって、$\rm ^6S_{5/2}$となる。

例題3
以下の電子配置において取りうることのできる項の記号をすべて求めよ。
$$(a)\rm Naの基底状態\\
(b)\rm Fの基底状態\\
(c)\rm Cの励起状態 \rm 1s^22s^22p^13p^1 $$
解答
(a)$\rm Na$の電子配置は$\rm [Na]3s^1$である。そこで、一つの$\rm 3s$電子のみを考えれば良い。
$L=l=0$,$S=s=\f12$なので、$J=j=s=\f12$だけが可能である。それ故、項の記号は
$$\rm ^2S_{\frac12}$$となる。

(b)$\rm F$の電子配置は$\rm [He]2s^22p^5$である。この場合
、この電子配置は$\rm [Ne]2p^{-1}$と扱うことができる。それ故、$L=l=1$,$S=s=\f12$である。よって、$J=\f32,\f12$であるため、項の記号は
$$\rm ^2P_{\frac32} , ^2P_{\frac12}$$である。

(c)ここで考えなければならない実質的な電子は$\rm 2p^1,3p^1$の二電子のみである。これは非等価オービタルの二電子問題なので、パウリの排他原理は考慮しなくても良い。
よって、$l_1=l_2=1$,$s_1=s_2=\f12$である。これから、$L=2(1+1),1(1+0or0+1),0(0+0)$,$S=1(\f12+\f12),0(-\f12+\f12)$となる。
したがって取りうる項は$\rm ^3D,^1D,^3P,^1P,^3S,^1S$である。
$\rm ^3D$では$L=2$,$S=1$である.したがって、$J=3,2,1$で項の準位は$\rm ^3D_3,^3D_2,^3D_1$である。
$\rm ^1D$では、$L=2$で$S=0$である。そのため、$\rm ^1D_2$が唯一の準位である。
同じようにして、$\rm ^3P$の三重項の準位は$\rm ^3P_2,^3P_1,^3P_0$であり、
$\rm ^1P$の一重項の準位は$\rm ^1P_1$が唯一である。
$\rm ^3S$項は$J=1$しかないため、$\rm ^3S_1$が唯一の項で、
$\rm ^1S$は$^1S_0$が唯一の項である。
よって、取りうる項の記号は
$$\rm ^3D_3,^3D_2,^3D_1,^1D_2 ,^3P_2,^3P_1,^3P_0,^1P_1,^3S_1,^1S_0$$ である。

参考)
アトキンス 物理化学 上 第10版 p410

例題4
(東大理 H27年)

解答
(e)
$\rm Na$のD線は、$\rm Na$の$3p$軌道の励起電子が$3s$に落ちるときに発せられるスペクトルで、二本観測される。

これは$3p$軌道のエネルギーがスピンー軌道相互作用により分裂するからである。

$\rm 3p^1$は、$L=1,S=\f12$で、これより$J=\f32,\f12$である。よって、
$\rm 3p^1$の項の記号は$\rm ^2P_{\frac32},^2P_{\frac12}$
である。このうち、フントの第三法則により安定なのは$\rm ^2P_{\frac12}$である。
また、基底状態の$\rm 3s$は$L=0,S=\f12$で、これより、$J=\f12$である。よって
$\rm 3s$の項の記号は$\rm ^2S_{\frac12}$であり、分裂はしていない。

よって、
589.76nmのスペクトルに対応する遷移は$\rm ^2P_{\frac32}→^2S_{\frac12}$であるため
始状態の項の記号:$\rm ^2P_{\frac32}$
終状態の項の記号:$\rm ^2S_{\frac12}$

である。また、
589.16nmのスペクトルに対応する遷移は$\rm ^2P_{\frac12}→^2S_{\frac12}$であるため
始状態の項の記号:$\rm ^2P_{\frac12}$
終状態の項の記号:$\rm ^2S_{\frac12}$

であり、D線の分裂の起源となる相互作用は上述の通り、スピンー軌道相互作用である。

(f)項の記号の多重度とは左上の$2S+1$の値である。よって、どちらの遷移でも
始状態と終状態の多重度の積は4($2×2$)になる。よって、D線の遷移強度比は1:1になると考えられる。

例題5
(東大理 H27年)

解答
(g)

2pの2つの電子は等価オービタルを占有するため、パウリの排他原理を考慮しなければならない。それを考慮し、いくつかの項を禁制とした結果$\rm ^1D_2,^3P_0,^3P_1,^3P_2,^1S_0$が残る。

(f)
フントの規則から安定な順番を求めることができる。フントの規則によれば、まず、多重度$S$が最も大きい状態が最安定で、同じ$S$の場合は、最大の$L$を持つ状態が最安定、$L,S$が同じである場合、副殻の半分より少なく占有されている場合は最小の$J$を持つ状態、半分より多く占有されている場合は最大の$J$を持つ状態が最安定である。この規則に基づいて、エネルギーの低い順番で項の記号を並べると
$$\rm ^3P_0,^3P_1,^3P_2,^1D_2,^1S_0$$となる。

※問題(g)は、アトキンスで「かなり複雑だ」(第10版 p410)とコメントされていて、解説が避けられているほと解答が長くなる問題です。 そのため、本番の試験で完全な解答を書くのは時間的には現実的ではないです。  上のような解答が現実的かと思われます。(項の記号は暗記することが前提)

一応、この問題の答えとなる項の記号を暗記していなかった場合の解答を以下に書きます。(ただし、かなり省略)

「自力で項の記号をもとめる場合の解答」
(書いてる途中で挫折しました。詳しくはマッカーリ・サイモン物理化学(上)をご参照ください)

$\require{cancel}$

(g)
考慮するべき電子は$2p^2$である。

つまり、この問題は等価なオービタルを占める二電子問題である。そのため、パウリの排他原理を考慮しなければならない。

まず、$l_1=l_2=1$,$s_1=s_2=\f12$である。よって、ミクロ状態における$M_LとM_S$は、$M_L=-2,-1,0,1,2,M_S=1,0,-1$を取ります。よって、とり得るミクロ状態の表は以下のようになります。

$\require{cancel}$
\begin{array}{c|cccc}
\hline
   &&M_s&  \\ 
M_L   &1&0&-1  \\\hline
2&(\xcancel{1^+,1^+})&(1^+,1^-)&\xcancel{(1^-,1^-)}  \\
1&(0^+,1^+)&(1^+,0^-):(1^-,0^+)&(0^-,1^-)  \\
0&\xcancel{(0^+,0^+)}:(1^+,-1^+)&(1^+,-1^-):(-1^+,1^-):(0^-,0^+)&(1^-,-1^-):\xcancel{(0^-,0^-)}  \\
-1&(0^+,-1^+)&(-1^+,0^-):(-1^-,0^+)&(0^-,-1^-) \\
-2&(\xcancel{-1^+,-1^+})&(-1^+,-1^-)&\xcancel{(-1^-,1^-)}  \\
\end{array}

打ち消したのはパウリの排他原理に抵触し、禁制となる電子配置である。

この表から、項の記号は$\rm ^1D,^3P,^1S$であることがわかる。よって、求める項の記号は$\rm ^1D_2,^3P_0,^3P_1,^3P_2,^1S_0$である。

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