ボルンマイヤー式は、イオン格子の格子エンタルピーを推定するのに、用いられる。
マーデルング定数は、正味のクーロン相互作用の強さに対して格子の幾何熱力学が演じる役割を反映します。
イオン性と考えられる固体の格子エンタルピーを計算するには、いくつかの要因の寄与を考慮しなくてはいけません。その中には、イオン間のクーロン引力と反発力を考慮しないといけません。その中には、イオン間のクーロン引力と反発力、また、イオンの電子滅度が高い領域が重なることによる反発力があります。
この計算により、T=0T=0での格子エンタルピーを表すボルン-マイヤー式が導かれます。
ΔLH∘−=NA|ZAZB|e24πε0d(1−d∗d)×αNA:アボガドロ定数zAとZB:カチオンとアニオンの価数e:電気素量ε0=真空の誘電率d∗:短距離でのイオン間の反発を表すために用いられる定数α:マーデルング定数
が導かれます。ここで、d=r1+r2は隣接するカチオンとアニオンの中心間の距離、すなわち、単位格子の大きさを表すものです。
ボルン-マイヤー式か実際に与えるのは格子エネルギーで、格子エンタルピーではありませんが、両者はT=0において等価であり、常温では事実上両者の差は無視できる。
では、例として、実際に塩化ナトリウムの格子エンタルピーを求めてみます。
ΔLH∘−=(6.022×1023mol−1)×|(+1)(−1)|×(1.602×10−19C)24π×(8.854×10−12[J−1 C2 m−1])×(2.83×10−10[m])×(1−34.5[pm]283[pm])×1.748=7.53×105[J mol−1]
ボルン-マイヤー式の形から固体中のイオンの電荷と半径に伴う格子エンタルピーの変化を説明することができます。すなわち、式の中心部は、
ΔLH∘−=|ZAZB|dとなります。
つまり、dが大きいと格子エンタルピーは小さくなり、逆に、イオンの電荷が高いと格子エンタルピーは大きくなります。
以下の表にいくつかの格子エンタルピーを挙げます。
化合物名構造の種類ΔHLHexp[kJ mol−1]LiF塩化ナトリウム型構造1030LiI塩化ナトリウム型構造757NaF塩化ナトリウム型構造923NaCl塩化ナトリウム型構造786NaBr塩化ナトリウム型構造747NaI塩化ナトリウム型構造704KCl塩化ナトリウム型構造719KI塩化ナトリウム型構造659CsF塩化ナトリウム型構造744CsCl塩化セシウム型構造657CsBr塩化セシウム型構造632CsI塩化セシウム型構造600MgF2ルチル型構造2922CaF2蛍石型構造2597SrCl2蛍石型構造2125LiH塩化ナトリウム型構造858NaH塩化ナトリウム型構造782KH塩化ナトリウム型構造699NaH塩化ナトリウム型構造674CsH塩化ナトリウム型構造648BeO塩化ナトリウム型構造4293MgO塩化ナトリウム型構造3795CaO塩化ナトリウム型構造3414SrO塩化ナトリウム型構造3217BaO塩化ナトリウム型構造3029Li2O逆蛍石型構造2799TiO2塩化ナトリウム型構造12150CeO2塩化ナトリウム型構造9627
以上の表から、LiFからLiIまでハロゲン化物イオンの半径が大きくなるほど、また、LiFからCsFまでアルカリ金属イオンまでアルカリ金属イオンの半径が大きくなるほど、それぞれ格子エンタルピーは減少します。
MgO(|ZAZB|=4)の格子エンタルピーはNaCl(|ZAZB|=4)の4倍程度であることもわかります。
マーデルング定数は一般に配位数とともに増加します。
例をあげて、それを確認すると、
配位数が8の塩化セシウム型構造のマーデルング定数はα=1.763,
配位数が6の塩化ナトリウム型構造のマーデルング定数はα=1.748,
配位数が4の閃亜鉛鉱型構造のマーデルング定数はα=1.638,
であることからも確認できます。
マーデルング定数がこのような傾向になるのはマーデルング定数への寄与が主として、最近接イオンからものであるからです。
しかし、配位数が大きくなれば(マーデルング定数が大きくなれば)、単純に格子エンタルピーが大きくなるわけではありません。それは、イオン間の距離が大きくなるほどイオン間の相互作用は小さくなるからです。基本的に高配位数をとるほど十分に大きいイオンはそのイオン間の距離を大きくしてしまいます。よって、その相互作用の減少分がマーデルング定数の僅かな増加分を打ち消してしまい、格子エンタルピーが減少してしまいます。(上の表を見てもらえば分かる通り、6配位のNaClの格子エンタルピーは786kJ/molですが、8配位のCsClの格子エンタルピーは657kJ/molです。)
逆に、4配位と6配位のマーデルング定数の差は、6配位と8配位のマーデルング定数の差に比べて大きいことがわかります。よって、イオン限界半径比から4配位であると予想されるにも関わらず、6配位などの高配位数をとるのは、多少無理してでも6配位になったほうがマーデルングエネルギー的に有利になるからです。例としては、イオン限界半径比で考えると4配位だと予想されるKI(γ=0.34)は、実際には6配位の塩化ナトリウム型構造をとることが知られています。
参考)シュライバー・アトキンス 無機化学(上)第6版 p109