電子顕微鏡

原子オーダーの空間能を得るためには、光子であれば、波長が電子オーダーのX線を用いる必要がある。しかし、X線を原子オーダーまで絞ることは技術的に困難である。一方、電子も波動性を持ち、ド・ブロイの式で決まる固有の波長を持っている。
$$λ=\f{h}{p}$$$h$はプランク定数であり、$p$は運動量である。電子の運動エネルギーは$\f{p^2}{2m}$であるので、運動エネルギーが大きければ大きいほど電子のド・ブロイ波長は短くなる。電子は電圧をかけることによって容易に静電的に加速することができ、かけた電圧$V$に対して$eV$のエネルギーを得る。したがって波長$λ$は$\f{1}{\sqrt{V}}$に比例することになる。電子の質量$m$と電荷$e$をもとに計算すると、$1.5V$で加速した電子は$\rm 1 nm$の波長であるが、$\rm 150V$で$\rm 0.1nm$、$\rm 15 kV$で$\rm 0.01nm$となり、原子の大きさ($\rm 0.01nm$程度)よりも小さくなる。したがって、熱的にあるいは電界放射によって放出された電子を静電的に収束させることにより、原子オーダーの分解能を達成することができる。

問題点は絞って照射した電子が物質中の電子によって散乱されて広がってしまうことである。散乱を抑えるために試料を薄膜にし、透過してくる電子を計測する透過型電子顕微鏡(TEM:transmission electron microscope)を用いれば、最大の空間分解能が得られ、実際に原子や分子の像も得られている。(ただし、原子や分子像の測定では電子線の回折現象を利用している。)TEMは分解能が高いものの、試料調整が難しい。

そのため一般に広く用いられている電子顕微鏡は走査型電子顕微鏡(SEM:scanning electron microscope)である。SEMでは絞った電子ビームの照射位置を走査しながら、虹散乱電子、反射電子、試料電流を計測する。高速に加速された電子が試料を入射すると試料中の電子によって、一部は弾性散乱され、一部はエネルギーを失い、非弾性散乱される。これらの電子を反射電子といい、入射電子と同じかわずかに小さいエネルギーをもって検出される。反射率は電子密度、したがって原子番号によって増加するので、得られる像は表面原子の違いを反映する。一方、入射した電子のエネルギーは試料中の電子に受け渡され、そのエネルギーが試料の仕事関数よりも大きいとき、電子は試料から放出される。この電子を二次散乱電子といい、そのエネルギーは$\rm 50eV$以下と小さい。二次散乱電子は反射電子よりもエネルギーが小さいため、脱出深さ(電子が出てくる位置の表面からの深さ)が浅く、表面形状に敏感であるという特徴がある。また二次電子の発生効率が元素によって異なるため、表面形状と組成の変化を画像化することができる。失われた電子によって試料は徐々に性に帯電する。この現象をチャージアップといい、負電荷を補うために周囲から電子が流れ込む。このときに試料から流れ出す電流が試料電流であり、試料電流の大小を画像化すると原理的には失われた電子である二次電子による像と同様の像が得られる。なお、絶縁性の試料の場合、試料電流が流れずチャージアップが解消されない。このため、試料が性に帯電し、二次電子が脱出できなくなることがある。そうなると二次電子像が得られなくなるので、注意が必要である。なお、SEMの空間分解能はTEMよりも低い。

引用)北森武彦・宮村一夫 「分析化学Ⅱ」 丸善 p171,p172

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