Mohr法(モール法)の原理

溶液中の比較的多量の塩化物イオンの測定には、Mohr法が用いられることがあります。
Mohr法はクロム酸カリウム$\rm K_2CrO_4$を指示薬として、塩化物イオンを含む試料溶液を硝酸銀標準溶液で滴定する方法で、沈殿滴定の1つとして分類されます。

まず、塩化物イオン$\rm Cl^-$が溶液中に存在しています。これに硝酸銀$\rm AgNO_3$を加えていくと、銀イオン$\rm Ag^+$と塩化物イオン$\rm Cl^-$が反応して、塩化銀$\rm AgCl$の沈殿ができます。$\rm AgCl$の沈殿にともなって、溶液中の塩化物イオン濃度$[\rm Cl^-]$は低下していきます。

そして、塩化物イオンの濃度が$$[{\rm Cl^-}]=\sqrt{K_{\rm sp}({\rm AgCl})}=1.7×10^{-5}[{\rm mol \ dm^{-3}}]\tag1\\(※K_{\rm sp}({\rm AgCl})=2.8×10^{-10}[{\rm mol^2 \ dm^{-6}}]です。) $$まで低下すると、沈殿の生成が止まります。$1.7×10^{-5}[{\rm mol \ dm^{-3}}]$は無視できるほど小さい濃度なので、ここが終点とみなせます。つまり、使用した硝酸銀の物質量と溶液中に存在していた塩化物イオンの物質量は等しいとみなすことができます。

問題は「$\rm AgCl$が沈殿し終わった」ということをどうやって知るかということです。終点を過ぎても硝酸銀を加えていくと、銀イオン濃度は上昇していきます。そうすると、次は溶液中に指示薬として入れたクロム酸カリウム$\rm K_2CrO_4$によって生じるクロム酸イオン$\rm CrO_4^{2-}$が銀イオン$\rm Ag^+$と反応してクロム酸銀$\rm Ag_2CrO_4$の沈殿を作ります。このクロム酸銀の沈殿は赤褐色なので、硝酸銀を加えて薄いピンク色(ごく少量のクロム酸銀が生成したことを表します)になった時を終点とみなします。なぜ、原理的に終点よりも過剰な銀イオン$\rm Ag^+$を加えているのにそこが終点とみなせるかというと、次の例で見るように、真の終点($\rm AgCl$沈殿生成の停止)と操作上の終点(クロム酸銀$\rm Ag_2CrO_4$の沈殿生成の開始)が非常に近い銀イオン濃度にあるからです。

例えば、溶液中に存在する塩化物イオンの濃度$[{\rm Cl^-}]$と指示薬クロム酸カリウム$\rm K_2CrO_4$を溶かしたことによって溶液中に存在するクロム酸イオン濃度$\rm [CrO_4^{2-}]$がそれぞれ以下の濃度であるときを考えます。
$$[{\rm Cl^-}]=0.10[{\rm mol \ dm^{-3}}]\\
\rm [CrO_4^{2-}]=1.0×10^{-3}[{\rm mol \ dm^{-3}}]$$このとき、塩化銀$\rm AgCl$の沈殿が止まるときの銀イオンの濃度は塩化物イオン濃度と等しく、$$[{\rm Ag^+}]=\sqrt{K_{\rm sp}({\rm AgCl})}=1.7×10^{-5}[{\rm mol \ dm^{-3}}]$$です。($(1)$式と同じです。)
一方、クロム酸銀$\rm AgCrO_4$が沈殿するために必要な溶液中の銀イオン濃度$\rm [Ag^+]$は

\begin{eqnarray}{\rm [Ag^+]}&=&\sqrt{\f{K_{\rm sp}({\rm Ag_2CrO_4})}{{\rm [CrO_4^{2-}]}}}\\&=&\sqrt{\f{2.5×10^{-12}[{\rm mol^3 \ dm^{-9}}]}{1.0×10^{-3}[{\rm mol \ dm^{-3}}]}}\\
&=&5.0×10^{-5}[{\rm mol \ dm^{-3}}]\\
&&(※K_{\rm sp}({\rm Ag_2CrO_4})=2.5×10^{-12}[{\rm mol^3 \ dm^{-9}}]です。)\end{eqnarray}

となります。このとき$$1.7×10^{-5}[{\rm mol \ dm^{-3}}]≒5.0×10^{-5}$$なので、真の終点と操作上の終点は等しいとみなすことができます。
ただし、以上の条件において、滴下する銀イオンの(硝酸銀)の濃度を$0.10[{\rm mol \ dm^{-3}}]$、終点での液量を$100 \ \rm cm^{3}$とすると、真の終点を過ぎて操作上の終点に到達するまでに加えなければならない銀イオンの量は$$(5.0-1.7)×10^{-5}×\f{100}{1000}=3.3×10^{-6}[{\rm mol \ dm^{-3}}]$$となります。これを滴下しなければならない硝酸銀の体積としては$0.033 \ \rm cm^3$となります。この体積はビュレットの一滴弱に相当し、精密な滴定を行う場合には無視できない量です。そのため、精密な測定をする場合は、ブランクテストを行いこの差を補正します。(純水にクロム酸カリウム指示薬を入れ、そのまま硝酸銀を滴下し(といってもビュレット一滴弱です。)、その滴下量を引きます。)

Mohr法のpH依存性

Mohr法は必ず中性条件下($\rm pH=7~10.5$の範囲内)で行われる必要があります。
酸性が強すぎても、塩基性が強すぎても滴定がうまく行きません。

酸性の場合

ブレンステッド酸であるクロム酸イオンは常に溶液中で以下のような平衡状態にあります。$$\rm H^+ \ + \ CrO_4^{2-} \ ⇄ \ HCrO_4^{-}\tag2$$酸性条件下ではこの$(2)$式の平衡が右に移動するため、クロム酸イオンの濃度が不明瞭(いくらか少なくなる)ため、終点も不明瞭になります。

塩基性の場合
塩基性条件下では次のように銀イオンが沈殿してしまうので、滴定剤としてそもそも銀イオンが使用できません。$${\rm 2 \ Ag^+ \ + \ 2OH^- \ ⇄ \ Ag_2O \  + \ H_2O}\\
K_{\rm sp}({\rm Ag_2O})={\rm [Ag^+][OH^-]=1.5×10^{-8}}[{\rm mol \ dm^{-3}}] $$

このように、Mohr法には$$\b 1.&&原理的に正の誤差が生じる\\2.&&中性条件で行う必要がある\e$$というポイントがあります。なお、Mohr法では塩化物イオンの他に臭化物イオンも滴定できますが、ヨウ化物イオンやチオシアン酸イオンは沈殿がクロム酸銀を吸着してしまうため、終点を正しく求めることができません。また、Mohr法では環境に有害なクロムを用いるため、その点を考慮し、クロムを使わないFajans法が用いられる場合もあります。

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