赤外分光法によって、カルボン酸誘導体(酸塩化物・酸無水物・エステル・アミド)は区別することができます。
カルボニル基の赤外吸収による置換基の効果は
①誘起効果による高波数シフト
②共役効果による低波数シフト
③環ひずみによる高波数シフト
の3つがあります。
①誘起効果による高波数シフト
誘起効果が強いほど電子は$\pi$軌道から取り去られ、その結果$\pi$軌道が短く、強くなるため、伸縮振動は高波数側へシフトします。
②共役効果による低波数シフト
共役による電子供与性が高いほど、$\pi^*$軌道へ電子が供与され、その結果$\pi$軌道が伸び、結合が弱まります。そのため、伸縮振動は低波数側へシフトします。
③環ひずみによる高波数シフト
これは、環が歪めば歪むほど、$\rm C=O$の結合が強まり、伸縮振動が高波数側にシフトするという効果です。
なぜかというと、環が歪んで、カルボニル炭素の結合角が小さくなればなるほど、カルボニル炭素と隣接する炭素間の結合に使用される軌道のp性が強くなります。そのため、余分に残った$s$性が酸素との$σ$結合に使用されることになります。$s$軌道は$p$軌道よりも遥かに小さいので、$s$性が大きくなればなるほど、その結合は短くなります。つまり、強くなります。
以上のことを踏まえて、次は実際のカルボン酸誘導体について見ていきます。
①誘起効果と②共役効果 は同じ分子内で競合的に起こっています。
例えば、エステルの場合、$\rm -OR$の$\rm O$は誘起効果により$\rm C=O$の結合を強くしますが(誘起効果)、同時に$\rm -OR$の$\rm O$の非共有電子対は$\rm C=O$共役を起こして、$\rm C=O$の結合を弱くもします(共役効果)
一つの目安として、飽和ケトンの$1715[{\rm cm^{-1}}]$という伸縮振動の値を基準として、それより高波数側であると、誘起効果が優勢、それより低波数側であると、共役効果が優勢と考えます。
エステルの場合は$1745[{\rm cm^{-1}}]$なので、やや誘起効果が強いということです。
他のカルボン酸誘導体3つについても見ていきます
酸塩化物・・・塩素の非共有電子対は大きな$3p$軌道にあり、炭素の$2p$軌道とうまく重ならないため、共役によってうまく電子を供与することができません、つまり共役効果は小さいが、誘起効果による電子求引性は強いです。そのため$1815[{\rm cm^{-1}}]$という高波数にシフトします。
酸無水物・・・酸無水物にはカルボニルに挟まれた酸素原子があります。酸素は塩素よりも軌道の重なりが大きいため、共役効果は大きくなります。しかし、その非共有電子対が2つのカルボニル$\rm C=O$の奪い合いになるため、エステルと比べると共役効果は低くなります。そのため相対的に誘起効果はエステルよりも大きくなり、$1790.1810[{\rm cm^{-1}}]$(ここでは説明しませんが、ピークは2つ生じます)というエステルよりも高波数にシフトします
エステル・・・前述の通り、酸素は誘起効果によって電子求引性すると同時に非共有電子対によって電子供与もします。ただ、誘起効果のほうがやや強いと考えることができます。そのため、基準の$1715[{\rm cm^{-1}}]$より高波数である$1745[{\rm cm^{-1}}]$にピークが現れます。
アミド・・・窒素は酸素よりも電気陰性度が低いため、誘起効果による電子求引性が酸素とくらべ小さいです。そのため、相対的に、共役効果のほうが大きく勝ちます。実際、基準である$1715[{\rm cm^{-1}}]$より大きく低波数である$1650[{\rm cm^{-1}}]$にピークが現れます。
参考)ウォーレン有機化学 上 第二版 p419