化学ポテンシャルの圧力依存性と平衡定数

いま、ある温度$T$において、$\rm A,B,C,D$の4種類の気体が共存して以下のような化学平衡が成立している状態を考えます。
$$\rm aA+bB⇄cC+dD$$
このとき、平衡に達しているので、物質$\rm A,B,C,D$の各温度$T_{\rm A},T_{\rm B},T_{\rm C},T_{\rm D}$はいずれも等しく$T$になっています。
圧力も考えてみます。圧力は分子の壁への衝突により生じるものなので、分子の粒子数が大きくなるほど圧力は大きくなります。この平衡反応系において気体である物質$\rm A,B,C,D$の物質量は必ずしも等しくないので、平衡時における$\rm A,B,C.D$の物質量は必ずしも等しくありません。そのため、平衡時における$\rm A,B,C,D$のそれぞれの圧力、すなわち分圧の総和は全体の圧力(全圧)となっていると考えられます。

$$P_{全圧}=P_{\rm A}+P_{\rm B}+P_{\rm C}+P_{\rm D}$$
いま、ある一定温度$T$におけるそれぞれの物質の化学ポテンシャルを考えます。それぞれの物質の化学平衡時における圧力、すなわち分圧は異なるので、まず化学ポテンシャルがどのように圧力依存するか考えます。ここではまず簡便化のために$\rm A,B,C,D$がすべて理想気体であるとします。まず。理想気体$\rm A$に関して、$\rm A$の化学ポテンシャル$μ_A$の圧力依存性を求めてみます。各成分の化学ポテンシャルと分圧の関係が求まれば、混合物の化学ポテンシャルについて平衡条件を仮定したときに、それぞれの分圧が満たすべき関係式が導かれるものと期待されます。

まず最も一般的な条件である等温定圧下での平衡反応を考えてみます。
$\rm A$の部分モル体積並びに部分モルエントロピーをそれぞれ$V_{\rm A}.S_{\rm A}$とすると、このとき$\rm A$の化学ポテンシャルは以下のように表すことができます。
$$\d μ_A=V_{\rm mA}\d P_{\rm A}-S_{\rm mA}\d T$$
このとき、温度は一定、つまり、$\d T=0$であるので、
$$\d μ_{\rm A}=V_{\rm mA}\d P_{A}$$
となります。ここで$\rm A \ 1mol$あたりの理想気体の状態方程式より、
$$V_{\rm mA}=\f{RT}{P_{\rm A}}$$
が成り立ちます。これを分圧$P_{\rm Ai}$から$P_{\rm Af}$まで変化させたとき、化学ポテンシャルが$μ_{Ai}$から$μ_{\rm Af}$まで変化したとします。このとき、以上の式の積分計算は以下のように表すことができます。
$$\int^{μ_{\rm Af}}_{μ_{\rm Ai}}\d μ_{\rm A}=\int^{μ_{\rm Af}}_{μ_{\rm Ai}}\f{RT}{P_{\rm A}}\d P_{\rm A}$$
したがって、積分計算は、
$$μ_{\rm Af}(P_{\rm Af},T)-μ_{\rm Ai}(P_{\rm Ai},T)=RT\ln\f{P_{\rm Af}}{P_{\rm Ai}}$$
となります。ここで、始状態の$\rm A$の分圧を$P_A\stst=1 {\rm bar}(10^5{\rm Pa})$、その時の化学ポテンシャルを$μ_{A}\stst$、終状態の$\rm A$の分圧を$P_{\rm A}$とします。ここで、$\rm 1 \ bar$は標準圧力と呼ばれるものです。
※標準圧力は国際的に定義の混乱がみられるので注意が必要です(1atmを採用するか、1barを採用するかで未だに統一されていないです)

物質$\rm A$について、その分圧が1barから$P_{\rm A}$barまで変化した際のそれぞれにおける化学ポテンシャルの差は
$$μ_{A}(P_{\rm A},T)-μ_A\stst(P_A\stst,T)=RT\ln\f{P_A}{P_A\stst}$$
となります。さらにこれをシンプルにすると、
$$μ_{\rm A}=μ_{\rm A}\stst+RT\ln\f{P_ {\rm A}}{P_{\rm A}\stst}$$
$P_{\rm A}\stst=1{\rm bar}$を代入してもっとシンプルに、
$$μ_{\rm A}=μ_{\rm A}\stst+RT\ln{P_ {\rm A}}$$
と表すこともできます。
ただし、この右辺には「割る1」が省略されていることに気をつけなければいけません。
この式は、気体$\rm A$の分圧が$\rm 1 bar$であるときの化学ポテンシャルに$RT\ln P_{\rm A}$という補正項を加えれば、任意の分圧$P_{\rm A}$における物質$\rm A$の化学ポテンシャルが求められることを表しています。

さて、反応系を生成系の物質量の増減が見かけ上なくなった状態が化学平衡状態ですので、等温定圧下の平衡状態においては、反応系と生成系において、両者のギブズの自由エネルギーが等しくなります。
$$G_{生成系}=G_{反応系}$$
ここで、上式の左辺と右辺の中身を考えていきます。平衡状態における物質$\rm A,B,C,D$のそれぞれの物質量を$n_{\rm A},n_{\rm B},n_{\rm C},n_{\rm D}$とし、辺々の中身を化学ポテンシャルを用いて表すと、この式は、
$$n_{\rm C}μ_{\rm C}+n_{\rm D}μ_{\rm D}=n_{\rm A}μ_{\rm A}+n_{\rm B}μ_{\rm B}$$
と表されます。ここで、$n_{\rm A}μ_{\rm A}$の項について、
$$n_{\rm A}μ_{\rm A}=n_{\rm A}μ_{\rm A}\stst+n_{\rm A}RT\ln P_{\rm A}$$
となる。これを化学量論式の量論比をもちいて表すと、$\rm a,b,c,d$はそのまま無次元なので、例えば、$n_{\rm A}=a×1 \ {\rm mol}$とすると、
$$G_{\rm A}=G_{\rm A}\stst+RT\ln{P^{\rm a}_{\rm A}}$$
となる。$\rm B,C,D$においてもこれと同様に表すことができます。したがって、生成系と反応系のギブズの自由エネルギー差$ΔG=G_{生成系}-ΔG_{反応系}$は
$$ΔG=ΔG\stst+RT\ln\f{P_{\rm C}^{\rm c}P_{\rm D}^{\rm d}}{P_{\rm A}^{\rm a}P_{\rm B}^{\rm b}}$$
と表される。このとき、右辺第二項の対数の中身を分圧商と言い、通常、記号$Q$で表されます。($Q=\f{P_{\rm C}^{\rm c} P_{\rm D}^{\rm d}}{P_{\rm A}^{\rm a} P_{\rm B}^{\rm b}}$)

このとき、生成系と反応系が平衡に達したとしましょう。平衡に達したということは生成系の反応系のギブズ自由エネルギーが差が0になったということです。そのときの(つまり平衡状態)における分圧商$Q$を特別に平衡定数と呼び、通常それば記号$K_{\rm P}$で表されます。

よって、以上より、平衡状態のときは、
$$0=ΔG\stst+RT\ln K_{\rm P}$$
という関係式が導かれます。すなわち、平衡定数はすべての構成成分が1 barの分圧を占めているときの生成系と反応系の自由エネルギー差$ΔG\stst$と関係することがわかると思います。
この式を変形すると、
$$ΔG\stst=-RT\ln K_{\rm P}$$
または、$$K_{\rm P}=\exp\s{-\f{ΔG\stst}{RT}}$$
となります。この2つの式は、熱力学を化学平衡に応用した最も重要な式の一つです。すなわち、平衡定数を求めたい場合は、平衡時ではなく、各成分気体の分圧がそれぞれ1barの時の生成系と反応系のギブズの自由エネルギー差を求めれば良いこととなります。このとき、$ΔG$よ$ΔG\stst$は別物であることにも注意しなくてはなりません。
最後に、上の式から、平衡定数は温度の関数であることも注目できます。温度を上げていくと指数の中の数値は小さくなっていき、平衡定数は1に近づいてきます。すなわち、温度を上げていくと、生成系と反応系の偏りがなくなる方向へ平衡が移動していきます。

注意点としては、ここでは与えられた化学反応式の化学量論数$\rm a,b,c,d$にそのままmolの次元をもたせるために、$\rm a,b,c,d$にそれぞれ1molを乗じたが、仮に$n$molを乗じて計算すると、平衡定数の値が$n$倍になるので、平衡定数の値そのものや、考えている反応式での$ΔG\stst$そのものを議論するときには、考えている反応式を必ず明示して、それに対する$ΔG\stst$を求めたり、平衡定数$K_{\rm P}$を求める必要があります。

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