クラペイロンの式

相図における境界、相境界においては、2つの相が平衡状態として存在します。
例えば、容器に閉じ込めて、ある温度・圧力に保たれた水(液相)と水蒸気(気相)の間の相平衡を考えます。この2つの相間では、物質が自由にやり取りできるので開放系であると言えます。
開放系の熱力学的平衡は化学ポテンシャルを考えれば良いです。それでは化学ポテンシャルでこの系に関して考察してみます。

温度と圧力を一定に保ったまま両相の間で水分子を微小量$\d n$molだけ移動させたとき、この過程における系全体でのギブズの自由エネルギーの微小変化量は以下のように表すことができます。
$$\d G=μ_{\rm g}\d n_{\rm g}+μ_{\rm l}\d n_{\rm l}\tag{1}$$
※$\rm g,l$はそれぞれ気相、液相を表しています。

この時、系全体の物質の量は変化しない、これはつまり、他相の物質量が増加したとき、一方の相の物質量が同じだけ減少するということです。これを式で表すと以下のようになります。
$$\d n_{\rm g}=-\d n_{\rm l}$$
この式を、温度・圧力一定の下、(1)式に代入すると、

\begin{eqnarray}
\d G=μ_{\rm g}\d n_{\rm g}-μ_{\rm l}\d n_{\rm g}\\
\d G=(μ_{\rm g}-μ_{\rm l})\d n_{\rm g}\tag{2}\\
\end{eqnarray}

もしこの系が平衡に達している場合、ギブズの自由ネルギーの微小変化は0になります($\d G=0$)。そのため、

\begin{eqnarray}
\d G&=&(μ_{\rm g}-μ_{\rm l})\d n_{\rm g}\\
0&=&μ_{\rm g}-μ_{\rm l}\\
μ_{\rm g} &=&μ_{\rm l}\\
\end{eqnarray}

もし気相と液相が平衡に達していない場合は、例えば、気相の水分子の化学ポテンシャルのほうが液相の化学ポテンシャルよりも高い場合、つまり$μ_{\rm g}-μ_{\rm l}>0$のときは、自発変化の方向性は$\d G<0$ですので、(2)式より、$\d n_{\rm g}<0$となります。すなわち、気相の水分子は減少して液相に移動します。

逆に、液相の水分子の化学ポテンシャルのほうが気相の化学ポテンシャルより高い場合、つまり$μ_{\rm g}-μ_{\rm l}<0$のときは、逆に液相の水分子は減少して気相に移動します。

以上より、化学ポテンシャルが高い方から低いほうに物質が移動することがわかります。それが$μ$が化学ポテンシャルと呼ばれているゆえんです。

純物質の相と相の境界線の傾きを求めるためにはクラペイロンの式が必要です。

相図の境界線上では両相(以下その相をα相、β相とします)は平衡に達しています。つまり、両相の化学ポテンシャルが等しいということです。

それを数式でしめすと、
$$μ_{α}(T,P)=μ_{β}(T,P)\tag{3}$$

ここで、温度、圧力をわずかに(\d T,\d P)だけ動かして、境界線に向かって微小だけ動かしたときのことを考えます。

温度、圧力の座標が($T+\d T,P+\d P$)で、α相、β相の化学ポテンシャルがそれぞれがそれぞれ$\d μ_{α},\d μ_{β}$だけ変化しても境界線上であれば平衡が成り立つので、
$$μ_{α}+\d μ_{α}=μ_{β}+\d μ_{β}$$
となります。これから(3)を引くと、
$$\d μ_{α}=\d μ_{β}$$

となります。この式は、$\d μ=V_{\rm mα}\d P-S_{\rm mα}\d T$の式を用いて
\begin{eqnarray}
V_{\rm mα}\d P-S_{\rm mα}\d T=V_{\rm mβ}\d P-S_{\rm mβ}\d T \\
(V_{\rm mα}-V_{\rm mβ})\d P&=&(S_{\rm mα}-S_{\rm mβ})\d T \\
\df{P}{V}&=&\f{S_{\rm mα}-S_{\rm mβ}}{V_{\rm mα}-V_{\rm mβ}} \\
&=& \f{ΔS_{\rm m}}{ΔV_{\rm m}} \\
\end{eqnarray}
※添字のmは部分モル量であることを示しています。

この式をみると、総境界線上のある温度、圧力における傾きはその温度、圧力におけるα相とβ相の1molあたりのエントロピー差と体積差の比で求めることがわかります。ただ、体積差は比較的カンタンに計ることができますが、エントロピー差は容易に知ることはできません。

そのため、$ΔS_{\rm m}=\f{ΔH_{\rm m}}{T}$であるから、
\begin{eqnarray}
\df{P}{V}&=& \f{ΔS_{\rm m}}{ΔV_{\rm m}} \\
&=& \f{ΔH_{\rm m}}{TΔV_{\rm m}} \\
\end{eqnarray}

と書き換えることで、$ΔS_{\rm m}$を容易に計測できる$ΔH_{\rm m}$に置き換えることができます。

例題1
二酸化炭素の三重点は216.6K、5.10気圧であり、臨界圧は31.1℃で73気圧である。
ドライアイスの昇華圧は195.2Kで1.02気圧である。二酸化炭素のモル昇華熱を求めよ。
ただし、ln5=1.61,$R=8.31[{\rm JK^{-1}mol^{-1}}]$とする。
(名大・理・化・1984)

Clapeyronの式(subは「昇華」「Sublimation」の略記号です。)
\begin{eqnarray}
\df{P}{T}&=&\f{Δ_{\rm sub}H}{T(V_{気}-V_{固})}\\
ここで&、&V_{気}≫V_{固}なので\\
\df{P}{T}&≈& \f{Δ_{\rm sub}H}{T(V_{気})}\\
また&、&理想気体の状態方程式より、\\
V&=&\f{nRT}{P} であるから、\\
\df{P}{T}&≈& \f{Δ_{\rm sub}H}{T・\frac{nRT}{P} }\\
\f{\d P}{P}&=&\f{Δ_{\rm sub}H}{R}・\f{\d T}{T^2}(変数分離) \\
Δ_{\rm sub}&H&の温度変化が無視できると仮定し、\\
T_1&=&216.6{\rm K},P_1=5.10{\rm atm}から、T_2=195.2{\rm K},P_2=1.02{\rm atm}で積分すると\\
\int^{195.2}_{216.6}\f{\d P}{P}&=&\f{Δ_{\rm sub}H}{R}・\int^{1.02}_{5.10}\f{\d T}{T^2}\\
\ln \f{1.02}{5.10}&=&-\f{Δ_{\rm sub}H}{R}\s{\f{1}{195.2}-\f{1}{216.6}}\\
\ln \f{1.02}{5.10}&=&-\f{Δ_{\rm sub}H}{8.31}\s{\f{1}{195.2}-\f{1}{216.6}}\\
Δ_{\rm sub}H&=&26[{\rm kJ \ mol^{-1}}]\\
\end{eqnarray}

例題2
液体や固体の蒸気圧($\rm P$)と絶対温度($T$)の関係は次の式で近似できることを示せ。
$$ \ln P=-\s{\f{A}{T}}+B$$
ただし、$A,B$は物質固有の定数で、昇華や蒸発のエンタルピーは温度に依存せず、蒸気は完全気体であるものとする。

クラペイロンの式より、
\begin{eqnarray}
\df{P}{T}&=&\f{ΔS}{ΔV} \\
このとき&、&固体や液体の体積は気体の体積に \\
くらべて&、&無視できるほど小さいので \\
ΔV&≈&V_{気体}=\f{nRT}{P}\\
また&、&等温定圧下において、 \\
ΔS&=&\f{ΔH}{T}であるから\\
\df{P}{T}&=&\f{ΔS}{ΔV} \\
\df{P}{T}&=&\f{ΔH}{T}・\f{P}{nRT}\\
\f{\d P}{P}&=&\f{ΔH}{nRT^2}\d T(変数分離)\\
これを&、&不定積分すると\\
\ln P&=&-\f{ΔH}{nR}・\f{1}{T}+C(Cは積分定数)\\
\ln P&=&-\s{\f{A}{T}}+B\\
\end{eqnarray}
となる。

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